【Gadget】地震の経験から通信を考える
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【Gadget】地震の経験から通信を考える |
◎私が持つ携帯端末はDocomoのSH-04A。スマホが普及し始めた現在ではガラケという概念自体がレガシーな、時代遅れなもの、時間の経過とともに淘汰されるべきもの、と考えていた。SH-04Aの月賦が今年の夏に切れるので、それが切れたらLYNXか何か、ドコモ回線で使えるスマートフォンを持とうと考えていた。
…あの地震に遭うまでは。
◎地震直後、ドコモも含めすべての携帯電話が繋がらなくなった。大量の安否確認通話が押し寄せる輻輳状態。一度災害が起こればこれは必ず発生する。が、違うのはそこからだった。
携帯が繋がらないと分かった瞬間、まず私が行ったのは「私は無事 皆知らせたし」という内容のメール送信だった。会社はすでに内線電話で連絡が取れていたので、会社とは関係ない知人、友人(残念なことに、あまり多くはないが…)に一斉にメールを送った。どんなに遅配してもいい。届いてくれと祈りながら。するとメールはきちんと送られたのだ。
iモードは生きていた。普段は使いにくいと愚痴をたてていたモバツイに接続し、無事を知らせた。
送信不能のリジェクトメールは帰ってこない。ともかくメールは送られたのだ。
◎そうこうしている間にSH-04Aがけたたましい音を立てる。緊急地震速報だ。最初の地震は東京・神奈川あたりが警戒域から外れていたため出なかったが、皆の端末で一斉に鳴り始めた。ワンテンポ遅れて、ドコモのものとは異なる警報音が鳴り始める。そしてやってくる地震。音声通話が輻輳し、メールも遅配、iモードも大幅な帯域低下を強いられている中でも、緊急地震速報は即座に届けられた。勿論、今となっては連日このブザー音が鳴り響くたびに体が強張り、いつ鳴るかいつ鳴るかという恐怖も無くはないが、それでもやっぱり速報が来るのと来ないのとでは大きく違う。
◎やがて電源の問題が。夕方になり、スマホユーザ、auユーザがが次々と電池残量を訴え始めた。私がいた施設は自家発電施設を持っていたのでコンセントには給電されていたが、肝心の充電手段が無い。私は常に充電器を持ち歩いていたので助かったが、周囲の人…特にドコモ・SBMガラケユーザは様々な充電手段をシェアしながら電源を確保していた。が、他ユーザと充電方法を共有できないauユーザ、電池自体があまり持たないスマホユーザは次々と電池切れに陥っていった。USBで充電できると思い込んでDockケーブルだけを持っていたiPhoneユーザも、iTunesの無い事務用PCでは充電できず、それ以上の情報確保が困難になっていった。(電池が切れてしまった人も当然いる)
◎そしてもう一つ、どこに居ようと、どこへ移動しようと、iモードが使える。メールを、SMSを、twitterを使える、緊急地震速報が鳴る。使い勝手はいつも通りに悪い。が、今は使い勝手よりも確実に「使える」ことが最優先だ。ドコモがコツコツと作り上げた広大なネットワークエリアが、「情報の断絶による不安」を解消してくれた。いくら端末がダサかろうが使い勝手が悪かろうが、まず第一に「つながる」こと、そして「知らせてくれる」こと、それがどれだけ重要か、ということを再認識させてくれた。
◎私が普段からボロクソに言いつつもドコモを手放さなかったのは、「通信が確保されること」がどれだけ重要か、を考えた上でのことだったのだが、今回なおさらそれを痛感した。そして緊急地震速報やワンセグは、私が想定していた以上に重要な役割を担ってくれた。(現時点でドコモスマホは緊急地震速報に対応していない)。
それを考えると、たとえ先進機能や便利な使い勝手を求めるにしても、それはまずは「確実な通信の確保」を担保した上で出来ることだよな…と、認識を新たにした。
実際、SBMユーザの私の母は、緊急地震速報を聞いて「火を止めろ‼」と指示を出す私を見て、ドコモへの乗り換えを真剣に検討しはじめた。
◎勿論、今回の地震を教訓として他キャリアも様々な対策を打ってくるだろうし、ドコモスマホもおそらくは対応をしてくるだろう。が、地震はいつくるか解らない。今打てる最善の対策を打つことが寛容なのだ。
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