2010/09/04

【Diary】私のピアノ練習

◎で、ピアノの話。
練習はマイペースに毎日最低2時間、朝5時起きの1時間と夕食後気が済むまで、延々弾き散らしている。 メニュー的には
・全音階のスケール及びアルペジオ練習
・「ハノン60の練習曲」1番〜20番をノンストップ
・レッスン課題のソナチネ
・レッスン課題(?)のショパン・ワルツ
・毎度おなじみスナフキンごっこ
…といった感じ。

◎当初行っていたコード練習は今は一旦お休みしていて、スケール・アルペジオの完成度が上がってきたら再開させようかと考え中。 アルペジオも基本上行・下行しかやってないので、展開形のアルペジオまではまだやっていないが、将来的にやっておきたい。
(Cメジャーで、C→E→G→E→G→C→G→C→E…とアルペジオをなぞる練習方。 こないだ買ったリーエヴァンスの教本にも書いてあった)

◎ハノンのノンストップは指筋肉・関節のストレッチが目的。 絶対的な指のパワーは充分ある(と、言われてる)のだが、柔軟性や正確性に欠けるので、それを凝り解すことが目的。 3ヶ月前は10曲もやると左手がバンバンに痛くなったものだが、最近は力みが取れてきて、朝夕やっても、土日等に2周やっても平気になってきた。 まだテンポは上げなきゃいけないのだが…ゆっくり取り組もうと思う。
ハノンは単調でつまらん!!という意見もあるけれど、私にとっては弾いても聞いても結構楽しかったりする。考えようによってはあの単調な旋律は、Cメジャー・キーにおけるスケール変奏になってて、曲がりなりにも「コード進行としての解決力」を持ってしまっているんだよね。(Ⅵm♭5→Ⅰ)コードの概念なんて何も判らなかった子供の頃に、なんとなくあの音の羅列に「曲」を感じていたのは、そういう事だったのかな。

◎で、ソナチネ。 はっきり言って、楽譜に書いてある音を「なぞる」だけなら、2日練習すれば通しで弾ける。 が、表現のしかた…ピアノにとって表現の幅は音の強弱と鍵盤のタッチ,それしかない。 この15年で自分がもっとも劣化したのはその領域だということをこの数ヶ月で痛感していて,あえて曲を殆ど進めていない。 先生にも「そうしてくれ」とお願いしている。今更運指のトレーニングも無いし、基礎練習はハノン他でアホのようにやっている。 ソナチネを今じっくり取り組んでいる目的は、ひとえに「ピアノとしての表現力のトレーニング」である。

◎先生には、「弾きたい曲は自分で弾くし、その練習をここでやるつもりは無くて、クラシックピアノの奏法の基礎をきっちり取り戻したい」と伝えてある。 だからあえて年齢や技術とは不相応に下級の譜面をじっくりやっているのだ。 本来であれば旋律や和声の勉強も兼ねて、シンフォニアとインベンションとか,平均律クラヴィーアとかやったほうがいいのかも知れない。
15年間何も考えずに好きな「曲をなぞっている」うちに劣化してしまった表現力は、自分の想像を遥かに超えていた。 ピアノが全く出せないし,フォルテは力任せに叩いているだけ。パッセージを弾けば、放っておいても音量も音質も揺らいでしまう。ああ、毎日指を動かしていたと言っても、劣化はこういう所に表れてしまうんだな…

◎…そんな事を毎日やっているものだから、そりゃBlogもtwitterもmixiも放置気味になる。 いや、まだmixiは携帯から繋げられるからいいのだが、twitterはbit.lyが使えないので身辺雑記的になるし,blogに至っては1本ネタに仕上げる時間もネタも無い。
…とはいえ流石にマズいと思うので、もう少し生活の幅を広げようかと思う。

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